タイトル−エッセイ集
家政婦は見たっ・・・じゃなくて、歌手は見たっ
 年末になると、ベートーヴェンの「第九」やヘンデルの「メサイア」などのソリストをやる機会が増えてくる。
 実はこの仕事ほど楽しくて、ちょっと俗っぽい言い方をすると「おいしい」ものは無い。だって、もう何度も歌っているから、覚えてるし、練習も少なくてすむし、お客は入るし、ギャラはいいし、ウッシッシッって感じなのだ。
 しかし、いいことばかりでもない。
 ステージ上で座って待つ時間が長いこと、これが唯一の問題だろうか。(苦じゃない方もいるでしょうケド)
僕は必ずと言っていいほど、猛烈な睡魔に襲われる。いや、襲われるなんてものじゃあない。
 睡魔さんに、
「ほら、寝ちまえよ。気持ちええどー、オラオラ、ウリウリ、眠くなーる、眠くなる。ヒーッヒッヒッ」
 と、常に囁かれる状態になるのだ。
 あまりに囁かれると、
「まぁいいかぁ。俺もよくがんばったよ。寝ちゃおっかなぁ、フワァァァ・・・」
 と、ついつい考えてしまう。
「いやいや、イカンイカン。恐れ多くもここは舞台。お客様にソソウがあってはならぬのじゃ。」
 と、がんばっておめめをパチクリするのだが、なかなか睡魔には勝てぬ。

 そこでその解消法を暴露しようっ。
 そんなとき僕はいつも客席観察に突入するのだ。お客さん、用心してくださいよ。お客さんの悪事はすべてばれてまっせ。コンサートの照明は、客席も明るいから、結構見えてるのだ。

 「おいおい、おばちゃん。なーんでナイロン袋持ってんの?シャリシャリ音鳴ってうるさいっしょ!!」(何故かナイロン袋持ってる人、一人はいるから不思議。)

 「はい、そこのひと、人が歌ってるとき、飴なめないよ。こっちがほしいんだから。こっそり袋開けても全部見えてんだよ。」

 「おば様、ノリがいいねぇ。一緒に口動かして。ひょっとして、お客さん、歌好きかい? 僕チン、張り切っちゃうよ。」

 ・・・と、まあ、いろいろな人がいてかなり楽しい。

 今までで一番すごかったお客さんは、いきなり、お弁当を食べ始めた人。近くに座っていた人は、におって大変だったに違いない。
 あとは、でっかい帽子をかぶっていた人もいた。後ろのお客のことが心配で心配で・・・。

 声楽家は、お客さんに表情も見せる商売だと思う。
 だからお客さんにもジロジロ見てほしい、というのが僕の考えなのだ。
 そのかわり、こっちも見てるもんね・・・。
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